大判例

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東京地方裁判所 昭和25年(ヨ)1647号 判決

申請人 林政子

被申請人 陳克譲

一、主  文

申請人が保証として被申請人のため、金壱万円を供託することを條件として、次の仮処分を命ずる。

本案判決の確定に至る迄、東京都墨田区東両国二丁目一七番地の一、家屋番号同町一七番地の三、一、木造亞鉛葺二階建居宅兼店舗一棟、建坪六坪二階六坪に対する被申請人の占有を解いて申請人の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は被申請人が昭和二十五年五月二十三日、墨田簡易裁判所昭和二五年(イ)第一八号和解調書正本に基いて、同所同番地債務者林阿來方に臨み家屋明渡の強制執行をなした当時の現状を変更しないことを條件として、申請人にその使用を許さなければならない。但しこの場合においては、執行吏はその保管に係ることを公示する爲適当の方法をとるべく、申請人はその占有を他人に移轉し、又は占有名義を変更してはならない。

訴訟費用は、被申請人の負担とする。

二、事  実

申請人代理人は主文第二項同旨の判決を求め、その申請の理由として、

一、申請人は主文第二項掲記の家屋(以下本件家屋と称する)の所有者であり、昭和二十五年五月二十三日迄同家屋に於て両国菜館なる名称の下に中華料理店を経営しこれに居住占有して來た。

二、然るに、同年同月同日午前十時頃、被申請人の委任を受けた東京地方裁判所執行吏斎藤喜市が突然來訪し、被申請人と申請人の前夫林阿來間に同年同月十一日墨田簡易裁判所に於て成立した即決和解の調書正本の債務名義に依り、本件家屋の明渡を要求した。そうしてその和解條項なるものは、

(1)  相手方(右林阿來を指す)は現に占有する本件家屋が申立人(被申請人を指す)の所有にあることを認め、これを昭和二十五年五月十五日迄に申立人に明渡すこと。

(2)  右建物は、登記簿上は相手方の妻林政子の所有名義であるが、相手方はその責任を以て、昭和二十五年五月十五日迄にこれを申立人の所有名義に書替手続をなすこと。

(3)  若し相手方に於て右期限迄に右登記名義の書替手続ができない場合は、申立人は別途手続によつてその書替請求をなすことゝする。この場合は相手方は右名義書替手続による損害賠償として、金二十万円を申立人に支拂うこと。

(4)  相手方は、右明渡後名義書替手続につき、如何なる名目の金銭をも請求しない。

(5)  本件和解手続費用は各自弁とする。以上

というにある。

三、然し乍ら、申請人は本件家屋は自分の所有であるから、明渡の請求に應じ難い旨を再三再四執行吏に申出でたが、同人はこれを聞入れず、申請人の夫の承認した債務名義であるから、妻たる申請人は夫に從属して執行を甘受しなければならないと強弁した。申請人は尚、これに應じなかつたのであるが、被申請人及前夫林阿來は、その部下を指揮して申請人の荷物をやたらに屋外に抛り出し、遂に申請人を屋外に連れ出し、執行吏に明渡済の旨報告し、屋外から釘付にし、申請人の出入を禁止したので、申請人は己むなく、屋外に自分の荷物と共に一夜を明かした。

四、申請人は林阿來から同居に堪えない虐待を受けたので昭和二十五年四月二十日同人から離縁状を貰い、離婚の協議が成立したのであるが、同人とその叔父に当る被申請人は共に台湾民族であるところから、申請人の離婚手続が完了して居ないのに乘じ、本件家屋の所有権を申請人から奪わんことを通謀の上、前記の如き和解を成立せしめ、これに基いて右強制執行に及んだものである。

五、よつて申請人は東京地方裁判所に対し、被申請人を被告として、本件家屋の所有権確認訴訟を提起したが、被申請人の前記不当なる強制執行に依り申請人は本件家屋の占有を侵奪されたのみならず。これに対する所有権上の使用收益を妨げられ、その結果從來の中華料理店を営むことができず、この状態が継続するならば申請人は莫大な損害を蒙らなければならない。かくては申請人が右本案訴訟につき勝訴の確定判決を得ても回復し得ない損害を蒙ること明であるからこれを避ける爲、主文第二項記載の如き仮処分を求むる爲本申請に及んだと述べた。

被申請人代理人は、申請人の本件仮処分申請を却下するとの判決を求め、答弁として、

申請人主張の一の事実中申請人が本件家屋に居住これを占有して來たこと、二の事実全部及三の事実中被申請人が申請人主張の日時、その主張の債務名義に基いて申請人に対し本件家屋明渡の強制執行を完了したこと、四の事実中被申請人が林阿來の叔父に当り且二人共台湾民族であることはいずれも認めるが、その他の申請人主張の事実全部を否認する。

(一)  本件家屋は被申請人の所有である。被申請人は、その建築費を負担してこれを建築したのであるが、末だその保存登記を経ない内申請人の前夫林阿來が昭和二十四年五月二十四日、被申請人の同意を得ず秘かに保存登記をしたので、被申請人は同人を相手方として、申請人が二に於て主張するような和解を成立せしめ、その所有権登記名義の移轉及その現実の占有の回復を図つたのである。

(二)  申請人は前記家屋明渡の強制執行に於ては、任意にこれを明渡したのであつて、被申請人に於て、申請人のこれに対する占有を侵奪したということはない。

從つて本件家屋に対する申請人の所有権占有権を被保全請求権とする本件仮処分申請は失当であると述べた。

<立証省略>

三、理  由

申請人が本件家屋に居住、これを占有して來たこと、被申請人が申請人の前夫林阿來を相手方とし、昭和二十五年五月十一日墨田簡易裁判所に於て成立した、申請人主張のような内容を持つた即決和解の調書正本の債務名義に依り、同年同月二十三日申請人に対し、右家屋明渡の強制執行をなしたことはいずれも被申請人の自白したところである。

申請人は被申請人の右家屋明渡の強制執行により、これに対する占有を侵奪されたと主張するから、この点につき判断する。

申請人本人訊問の結果により眞正に成立したと認められる甲第三ないし第十二号証、第十四号証の一、二、第十五号証、第十六号証の一、二成立に爭のない甲第十九号証、証人小橋健優、鵜沢まき子、平原米藏の各証言、申請人本人訊問の結果を綜合すると、申請人はその前夫林阿來と昭和二十一年一月頃から夫婦関係に入つていたのであるが、同年四、五月頃林阿來の叔父に当る被申請人の息子陳明に依頼して、本件家屋敷地に四本柱によしず張という簡單なバラツクを建て、そこでうどん屋を、夏になつて氷屋を経営したが、秋に入りバラツクでは寝泊りもできぬので、申請人は母親から讓受けた郵便貯金をおろしたり、或は右の営業で得た利益金をもつて森山半七に平家の本建築を請負わせて、これを建築し、ここに中華料理店、両国菜館を林阿來名義で開店経営したこと、昭和二十二年十月頃申請人等は店の拡張に迫られたので、更に大野某に二階の増築を請負わせ申請人は同人に請負代金三万円を支拂つたこと、林阿來はやみ物資のブローカ等をしていて、右両国菜館の経営には殆ど干與せず、専ら申請人がその資本と労務を投じて経営に当つて來たのであつて、昭和二十四年及二十五年の三月には右店舗にかけた火災保險の保險料を支拂つたこと、昭和二十五年に入り、林阿來は、台湾に帰り再び日本に帰らないという意思を表明するに至つたので、申請人は右家屋につき昭和二十四年五月二十四日林阿來名義でなされた所有権保存登記は、これを自分に登記名義を移轉されたいと申出で、林阿來はこれを承諾して昭和二十五年三月二十日贈與に因り、申請人にその所有権移轉登記手続をなしたこと、同年四月になり、林阿來は他に情婦を持つたので、申請人は同人と協議上の離婚をすることになり、同人は同月二十日申請人に対し協議離婚を意味する離縁状を差入れたこと、爾來申請人は林阿來と全然夫婦関係を絶つていたこと、然るに、林阿來はその後被申請人と款を通じ、同年五月十一日墨田簡易裁判所に於て前記の如き即決和解をしたのであるが、その條項は申請人をして、本件家屋に対する所有権を喪失せしめ、且それを明渡すべき旨の内容を含み、而も、右家屋の明渡期日は同年五月十五日となつて居つて同月二十三日の明渡の強制執行後は林阿來は叔父である被申請人方に寢起しているので、右約定の明渡期日には被申請人に容易に右家屋の任意明渡をなし得たに拘らず、同人は、右強制執行の当日迄申請人に対し、和解條項については、一言もその内容を洩さなかつたこと、申請人は右明渡の強制執行に際しては、両国菜館の営業が自分の営業であり、且永い間これに居住して居り、林阿來とは離婚したことを主張して、その執行に應じなかつたのであるが、当時林阿來との離婚届手続が済んでいなかつた爲、執行吏は妻は夫に從属して明渡の執行を甘受しなければならぬと言い、右執行に立会い且申請人と感情の疎隔を來していた林阿來は同日執行を完了されたい旨執行吏に申出で執行吏もこれに應じてその執行を継続した爲、申請人は直ちに警察官吏派出所に行つて、不当な明渡の強制執行を受けつゝある旨訴えたけれども、派出所ではそれを取上げてくれなかつたので、右菜館に立戻つたところ、既にその店舗は釘付にされて、申請人はこれに入ることを得なかつたこと、その間執行に立会つた被申請人は使用人に命じて、屋内にあつた申請人の荷物を屋外に抛り出したこと、申請人は右の執行に因り生活の本拠を奪われたので現在台東区坂本二丁目十一番地の九中華料理店鶯泉樓内に女中として住込んで暮しを立てゝいることが認められる。この認定に反する部分の、証人斯波安三、須藤孝子、陳明峯の各証言及被申請人本人訊問の結果は右各疏明資料と対比してこれを信用することができない。

証人須藤孝子の証言により、眞正に成立したと認められる乙第一、第二号証の記載によると、林阿來が民国三十五年(昭和二十一年)十二月一日(此の記載自体も民国三十六年八月とあるのを抹消されている)被申請人に、民国三十八年(昭和二十四年)七月十二日須藤京子にそれぞれ差入れた、不動文字を以て刷られた請負契約書の各末尾の項に肉筆を以て「二階(約五坪)増築依頼工事は請負代金全部受取済である」という記載があるが、この記載は、当裁判所が一應眞正に成立したと認める乙第六号証の記載によつて疏明せられる被申請人を反訴原告、林阿來を反訴被告として提起されるところであつた本件家屋の所有権保存登記抹消登記請求訴訟の反訴状の請求原因の第二項に於て、被申請人が林阿來から右造作一切を金三万円で買受けたという日時が空白であり、而もその箇所がその後全部抹消せられている事実と前段認定のとおり、右増築工事は昭和二十二年十月になされたものであることを綜合して考えると、当裁判所はその眞実性に信頼をおくことができないのであつて、その他右認定を覆すに足りる何等の疏明資料もない。

法例第十六條によれば、離婚はその原因たる事実の発生した時における夫の本国法に依ると規定されて居るが、当裁判所に顕著な夫の本国法ともいうべき台湾民族の慣習法によれば、離婚の協議の効果は、協議の成立と共に発生し、敢えて届出を要しないのであるから、申請人と林阿來との婚姻は、昭和二十五年四月二十日、協議に依り解消されたものと謂わなければならない。寧ろ同じく当裁判所に顕著な中国民法親属法第九八二條によれば、前段認定のような右両名が單に同棲関係に入つたことを以て正式の婚姻が成立したと認めるべきかは甚だ疑わしいのである。

そこで、被申請人、林阿來間の前記和解契約の意図するところを考えて見ると、前記乙第六号証の記載により認められる被申請人が本件家屋につき從來所有権を主張して來た事実と、前記採用した各疏明資料及弁論の全趣旨に徴し窺われる林阿來が申請人と離婚後は被申請人の頤使に甘んずるようになつた事実とを綜合すると、林阿來が右即決和解に於て、申請人の所有名義に移轉した本件家屋につき同人の承諾を得ないで(同調書に於ては申請人は林阿來の妻として表示せられてある)被申請人にその所有権移轉登記手続をなし、且四日後にこれを明渡すべきことを約定したことは、寧ろ、林阿來に対する債務名義により、妻であつた申請人に強制執行による明渡を意図したものと認めざるを得ないのである。

蓋し林阿來は明渡後叔父たる被申請人方にその承諾を得て起居して居るのであるから、同年五月二十三日迄本件家屋に居住して、敢て被申請人からの強制執行を待つ必要は毛頭なく、和解成立と同時に明渡すこともできたのであるが、反之申請人は同年五月十五日の明渡期日に被申請人から右和解調書の正本を以て明渡を求められても、決してその任意明渡に應じなかつたであろうことは火を見るより明なところであるからである。そうすると右即決和解は少くともその裏面に意図された申請人に関する家屋明渡の部分については、違法な内容を持つものと謂わざるを得ない。

そして上段認定の事実からすれば、本件家屋に対する申請人の占有は、申請人が他人の実力行使を排除するに足りる権利範囲としての、而も前夫林阿來のこれに対する占有とは独立別箇の占有であり、申請人が民事訴訟法第二百一條第一項にいわゆる口頭弁論終結(本件に於ては即決和解成立)後の林阿來の承継人又は同人の爲請求の目的物を所持する者に該当しないことは論を俟たない。

然らば本件家屋に対する申請人の意思に反した前記明渡の強制執行に因り、申請人はその占有を不法に奪われたものと断ぜざるを得ないのであつて、申請人は被申請人に対し、本件家屋を右明渡当時の原状に復して返還を求むる請求権があるというべきである。

よつて進んで本件仮処分の必要性の有無につき判断する。成立に爭のない甲第二号証の記載によれば本件家屋明渡の強制執行は同年五月二十三日午前十時三十分に始まり同日午後二時三十分に終つていることが明であるから、その間申請人が執行方法に関する異議或は第三者の異議の訴を提起して執行の停止又は取消を求めることは事実上不可能であると謂うべく、申請人が明渡の結果両国菜館に於ける中華料理店を経営することができず、現在前掲鶯泉樓に女中として住込んでいることは前段認定のとおりであるから、申請人はこれが爲日々相当な損害を蒙りつゝあるものといわなければならない。このような事実からすれば、申請人については、本案訴訟の勝訴判決の確定をまたずに、即時被申請人に対し本件家屋の返還を求める緊急の必要があるということができる。又以上の疏明を補足する趣旨に於て申請人に被申請人の爲保証として金一万円を供託することを條件として主文第二項記載のような仮処分を命じ、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鉅鹿義明)

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